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Re;TURN

2010.09.01(23:51) 98

※ R2設定  ルルーシュ逆行系






胸を貫く焼け付くような痛みに耐え、ゼロの剣が身体から抜き放たれると同時にその勢いのまま玉座の台から転げ落ちた。
身体から流れ出る血が一筋の線を描き、その大量の血潮と共に彼の命が流れ出ようとしているのは誰の目にも明らかだった。
人々の怒号と歓声が入り混じる中、少女の嘆きの声を遠くに聞きながら神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの一度目の生は終わりを告げた。

………。

永遠に閉ざされたはずの瞳が再びゆっくりと開かれる。その目に最初に映ったものは見なれたクラブハウス居住棟の天井だった。

「…え?」

自分の意識があること、居場所が東京租界の大通りから変わっていることにルルーシュは戸惑った。
自分は生きている? 治療でもされて一命を取り留めたのか?
今着ているパジャマ越しに胸に手を当ててみるが、そこにはどんな痛みも治療の跡もない。剣に刺し貫かれたことがまるで夢ででもあったかのようだ。

ゆっくりと身を起こすと、そこはアッシュフォード学園クラブハウスにある見なれた自分の部屋のベッドの上だった。そして辺りを見回すが机や椅子やソファーなどの調度品はまるきり前のままだった。
ここはアッシュフォード学園だろうか? でも居住棟はフレイヤの余波で消滅した後、再建はされなかったはずだし、仮にされていても自分が居た当時のままを再現する理由もない。
これはいったいどういうことだとベッドの上で呆然となっていると、部屋のドアが開いて人が入っていきた。

「おはよう、兄さん。今日はどうしたの? 随分と朝寝坊だね」
「…ロロ!」

耳に馴染んだどこか大人しげなその声は、自分を庇ってその命を落としたはずの弟の声だった。信じられないという気持のまま、ドアの方に目を向けるとそこには紛れもなく懐かしい弟の姿がある。
一方ロロは、目を見開き僅かに動揺の色を見せながらこちらを凝視する兄の様子に不信感を覚える。

「どうしたの、兄さん?」

その声音はあくまでも穏やかで優しいが、どこか警戒し探るような視線が混じっている。そこはかとない壁を感じる彼の態度に、ルルーシュは冷静さを取り戻した。
これは、このロロは、自分を庇って死んだあの時のロロとは少し違う。それより前の、自分を監視しその役に戸惑っていた頃のロロだ。記憶を書き換えられていたあの頃の自分は、ロロのその消極的な様子を単に引っ込み思案なだけだと解釈していたものだった。
そしてロロのその様子から導き出されたのは信じがたい結論だったが、今のこの状況からしてそれしか考えられないと思ったルルーシュは、不自然にならない程度にロロから情報を引き出そうとする。

「なあロロ…今日は何日だったっけ?」
「ん? 10日だけど?」

ロロは日付だけしか口にしなかった。聞かれた方としては当然の答えだ。年度や月は判らないままだったが、その答えはすぐに見つかった。
部屋に入ってきたロロがそのまま窓のカーテンを開けると、その向こうには薄いピンクの花を大量につけた華やかな木々が一斉に咲き誇っているのが見えた。この国で限定された時期にしか花をつけないその木の名前を桜という。4月初旬にしか咲かない花。そしてルルーシュの机の上の教科書は三年次のものだった。
間違いない。信じがたいことであったが、ルルーシュはブラックリベリオンで敗北し囚われ、ゼロとして再びの反逆に立ちあがるその手前にまで時間を遡っていた。

超自然現象としか思えない事態に驚愕しながらも、その気持ちを押し隠してルルーシュは何気ない日常の風景に溶け込むように努力する。記憶が確かならば、この頃のルルーシュは機密情報局によって一挙手一投足を監視されていた。下手な言動を見せるとゼロの記憶が戻ったとして処分の対象になりかねない。ルルーシュは行動に慎重を期し、周囲の様子を冷静に観察することに努めた。
アッシュフォード学園はいつもと何も変わりがなかった。平和な日常。些細なことに一喜一憂する学生たち。お祭り騒ぎを繰り広げる生徒会長。じゃれてくる悪友。

「なー、ルルーシュ。代打ちの件だけどさ、今度はバベルタワーのカジノでどうかな?」
(…バベルタワー…!)

リヴァルから何気なく告げられたその場所は、再びの反逆の始まりの地だった。その言葉をキーワードにルルーシュの記憶がフラッシュバックしていく。
魔女との邂逅。再び開けた修羅の道。バベルタワーでの戦闘。散って行った卜部。その彼を殺めたのはおそらくはロロ。心臓に負担がかかるギアスを多用するロロ。ルルーシュと共に歩む道を選ばされたロロ。その果てにあるのは死。その死の引き金となったのは黒の騎士団の裏切り。

「こら、ルル! リヴァルも! 賭け事なんて不健康な真似よしなさい!」

二人のやりとりを横で聞いていたシャーリーが止めに入る。ルルーシュは彼女の顔を凝視した。

「…な、なに? ルル?」

じっと見つめられてシャーリーは赤くなっている。
ルルーシュに好意を寄せてくれる少女。ギアスに翻弄され死んでしまうはずの少女。でも今は生きている。
そうだ、ロロもシャーリーも今は生きている…。そしてこれからだってずっと…。
片手をぐっと握りしめ、誰にも気づかれぬ心の奥底でルルーシュは決意を固めた。

「…そうだな。シャーリーの言う通りだ。しばらく賭け事は止めにするよ」
「えー! つまんねーこと言うなよ、ルルーシュ! またお貴族様を身ぐるみ剥がそうぜ!」
「またそのうちな、リヴァル。今はちょっと止めておくよ。時期が悪い」
「そうかあ…?」

軽くかわされて不満そうにしつつも、やらないと言っている者にそれ以上は食い下がれない。リヴァルも不承不承諦めた。
これでいい、とルルーシュは内心で安堵の息を吐く。この頃のC.C.達はルルーシュ奪還のために自分の動向を出来得る限り調査して追跡していたはず。逆に言えば自分がバベルタワーに行かない様子を見せればそれは向こうにも伝わるだろう。アッシュフォード学園内には機情の目が光っているからここにいる限りは手出しできないし、自分が外に出るまで待機しているしかない。待機している以上は戦闘にもならないから、卜部を始めとする黒の騎士団残党組は無事でいられるはずだ。
それでもいつまでも待機させているわけにはいかない。焦って早まった行動に出るかもしれなかった。その前にこちらから行動を起こすべきだろう。そのためには今の機情の監視体制をこちらに取りこまなければならない。

「兄さん」

自分のクラスの授業が終わって、ロロがルルーシュの教室に現れた。あまり友達を作らず兄べったりの様子にリヴァルなどは苦笑しているが、それは監視のためなのだと今のルルーシュは知っている。

(やはり今度もロロの籠絡…いや説得からか)

ルルーシュは仮面の笑顔で弟に応えながらも、その仮面の下はやはり弟を案ずる優しい兄の顔をしていた。



昼休みには外で弁当を食べようとロロを誘った。何気なく歩いているように見せて監視員からは巧みに遠ざかり、なるべくカメラの死角に入るような場所を選んだ。

「ここにしよう、ロロ」

柔らかな芝生の上に直に座り込み、弁当を広げたところでルルーシュは時ならぬ大声を上げた。

「うわっ!」

そのまま持っていたフォークを地面に突き立てる。

「どうしたの? 兄さん!?」

ルルーシュの突発的な行動にロロが身構えるが、ルルーシュは途端に拍子抜けしたような顔をしてさらりと言った。

「え…? ああ。見間違いか。蛇か何かが動いていたように見えたんだ。驚かせてすまないな。俺の勘違いだった」
「そう」

なんでもなかったかとロロはそれで安心したが、機情の司令室ではそうでもなかった。さっきのフォークの一撃により、地中に隠してあったマイクが壊されてその辺り一帯の音声が拾えなくなってしまったのだ。しかも彼らの座っているところは監視カメラから遠く、彼らの後ろ姿しか写せていない。思いもよらぬ事態に司令室の中で監視員達が互いに顔を見合せた。

「どうする?」
「ロロがついているから対象が不審な行動を取ればすぐに分かる。そのまま待機でよかろう」

多少の不都合はあっても大勢に影響はあるまいと監視員たちはそのままやり過ごした。
そして当の監視対象は当然この隙をわざと作り上げたわけであり、この機会を逃すわけもない。なんでもない風を装いながらロロに話しかける。

「なあロロ、お前はこれからどうする気なんだ?」
「進路のこと? それなら兄さんの方が先じゃないの?」
「俺か? そうだな、俺はとりあえずC.C.がお前たちに見つからなきゃいいなとは思っている。お前だってそうだろう?」
「……え?」

先ほどのルルーシュの台詞の中に、記憶操作されている彼が言うはずのない名前が混ざっていることに気づき、ロロの顔が強張った。
ルルーシュは殺気をのぞかせる弟の様子も覚悟の上で話し続けた。

「C.C.が捕まってしまえばお前の任務も終わりだ。こうやって昼休みにお前と弁当を食べることもできなくなる」
「あなたは…っ!」

いつの間に記憶が戻っていたのか。しかもC.C.に対する餌であることも承知の上のようだ。そういえば今朝から少し様子が変だった。
記憶が戻るようならば抹殺せよとの指令を受けている。ロロは咄嗟に懐に手を入れナイフを握り締めたが、続くルルーシュの言葉に動きが止まる。

「いいのか、ロロ? さっきも言ったが俺を殺せばお前の任務はこれでおしまいだ。そこには何の未来もない。お前のギアスは人の体感時間を止めるものだが、同時にお前の心臓をも止めてしまう。そんな負担を抱えたお前を気遣うことなく、次々と任務に就かせている嚮団に従うままで本当にいいのか? 嚮団の言いなりになっている限り、いずれお前を待っているのは死でしかない」

自分のギアスや嚮団のことまで既に知っているルルーシュに、ロロの警戒心はさらに跳ね上がるが、投げかけられる言葉を無視することができなかった。
暗殺に便利なギアス。ただそれだけがロロの存在価値であり、嚮団に居場所を作っていた。しかしそれが無くなればロロ自身には何の価値もない。そしてそのギアスはロロの身体に多大な負担をかけ彼の命を削っていく。ギアスを使わない彼に居場所はなく、ギアスを使い続けてもいずれ命ごと彼の居場所はなくなる。どちらにしてもロロに未来はないのだ。それは無意識のうちにロロが抱えていた不安でもあった。

「ロロ…俺ならお前に未来をやれる。俺と共に生きよう、ロロ」

あやまたずにルルーシュはロロが一番欲しかった言葉を口に出す。その誘惑にロロは抗いきれない。

「僕に…どうしろと…」
「それはお前次第だよ」
「嚮団の代わりに今度はあなたに尽くせと?」

ギブアンドテイクの図式に当てはめることしか知らない弟を哀れに思いながらも、ルルーシュはその勘違いを優しく訂正した。

「そうじゃない。俺は嘘付きだからな。ずっと嘘を付いている。名前も嘘、経歴も嘘、記憶さえも嘘だった。教師の前では物わかりのよい生徒の仮面を被り、クラスメイトの前では気さくな友達の仮面を被り、その陰で以前はゼロという仮面をかぶり続けてきた。しかし仮面も嘘も、それを見る者にとってはそれが真実だ。俺達の関係は確かに嘘だ。本当は兄弟なんかじゃない。でもそれがなんだ? 他人がいくらお前たちは兄弟じゃないと言っても、そんな真実に何の意味がある? それで誰かに迷惑がかかるのか? だったらそれでいいじゃないか。お前が俺を兄だと思えば、それはお前にとって真実以外のなにものでもない」

「兄さん…」
「そうだよ。お前は俺の、ルルーシュ・ランペルージの弟だ」

嘘であってもロロが信じるならばそれは真実となる。ロロ次第だと言ったのはそういう意味だとルルーシュは諭した。
そしてそれはなによりこの先の未来の一つで、ロロ自身が体現したことでもあった。偽りの関係だと、お前など嫌いだとルルーシュに罵倒されながらも、それでも己の意思でルルーシュの弟であることを選び取ったロロ。

居場所を与えられるのを待つばかりで、それがいつか取り上げられることに怯えるのではなく、己を確かに持って自分で自分の居場所を定めるのであればその孤独から解放されるのだと、ルルーシュはロロに新たな道を示す。
この道は本当に未来へと続いているのだろうかと不安に怯えながらも、ロロはおずおずとルルーシュの手を取った。

そしてルルーシュを閉じ込める鳥籠の学園は、彼の自由の城へとその姿を変えていった。



そんなことになっているとは露とも知らない黒の騎士団の残党組は焦れていた。救出対象はいつまで経っても学園から出る様子を見せず、最良の接触場所と思われていたバベルタワーにも来ないという情報が入って直前で中止になった。
今使っている潜伏場所もそうそう長居はできず、そろそろ河岸を変えねばならないと思っていた矢先にその知らせは届いた。

「ほお…これはこれは」
「どうしたの? C.C.?」

部屋のパソコンを適当に弄っていたC.C.が面白そうな声をあげたのに釣られて、カレンも画面を覗き込む。それはメール受信画面になっていて、C.C.が今見ているメールの差出人の名はゼロだった。

「こっちの手間が省けたな」
「これって…!」
「ああ、ルルーシュからの連絡だ。やつしか知り得ないことも書かれている。間違いない」

既に記憶を取り戻しているようだということも判り、なおかつ次の潜伏場所に最適の場所も用意してくれている。

「やはり持つべきものは上げ膳据え膳の気の利く男だな。この一年やつが居なくて掃除も洗濯もピザも不自由し通しだった」
「…今ちょっとルルーシュが気の毒になったわ」

カレンはC.C.の容赦ない言い草に軽く顔を引きつらせながらも、先の展望が開けたことに安堵して卜部ら他のメンバーへの連絡に走って行った。
次の潜伏場所は東京租界の一角にある中華連邦総領事館。総領事の高亥とは既に話が付けてある、というよりルルーシュがギアスで操っており、黒の騎士団残党組は秘密のルートを使ってゆうゆうと総領事館の中に入り込めた。

彼らの扱いは亡命者ということになり、総領事館の中ならば治外法権でブリタニアの追手から守られることになる。まだ直接は会えていないもののゼロとコンタクトが取れ中華連邦という味方もいることで、以前のような先の見えない不安からは解放され一同の顔には安堵の表情が広がっていった。

「紅月、ゼロからの連絡はないのか?」
「卜部さん。いえ…まだです」

総領事館に入って三日。ゼロの指示通りここに腰を落ちつけられている以上、まだ会えてはいなくともゼロの無事と復活は間違いないのだろうが、次の指示がないことが一抹の不安を呼んでいた。
しかしほどなくそんな不安を吹き飛ばすような宣言がもたらされる。

『日本人よ、私は帰ってきた!』

ディートハルトが密かに仕込んでおいたライン・オメガを使い、エリア中の全ての電波をジャックして、ゼロが高らかに復活宣言を仕掛けたのだ。

『この瞬間よりこの部屋が合衆国日本の最初の領土となる!』

その画面の背後に見えるのはあきらかに中華連邦の総領事館内の一室で、この放送も総領事館から発信されている。

「まさか、ゼロはここに来ているの?」

なんの前振りもなく突然行われた独立宣言に、独断専行はゼロの常とは判っていてもこちらにも一言あっていいではないかと僅かな不満が頭を擡げる。
そこにさらに冷や水を浴びせてくれたのはC.C.だった。

「いや。これは録画だ。やつならこの前ちょっと来てこれを撮ったらすぐ帰ったぞ」

ロロを懐柔できたルルーシュは瞬く間に機情を掌握し、ヴィレッタも扇の件をちらつかせることで黙らせて完全に行動の自由を確保していた。総領事館に極秘に出入りすることくらい容易いことだ。

「気に入らないわね。私たちにも秘密にするなんて」
「私たち…? 私に、だろう?」

挑発するようなC.C.の言い回しに少々険悪なムードになったものの、今の問題はそこではないと卜部が割って入りあらためてC.C.に問うた。

「それにしてもこんな派手な復活宣言をブチ上げてゼロはどういうつもりなんだ?」
「挑発だな。自分はここにいるぞと見せつけたわけだ」
「ここ…って。ここにいるのは俺らだけだぞ。ゼロは今どこにいるんだ?」

「なんだ? ゼロがお前達を危険に晒したとでも言いたいのか? ここは中華連邦のテリトリーで治外法権に守られている。そうそう危険なことはない。ここを用意してくれたのはゼロだということを忘れるな」
「別にそんなこと言っちゃいねえよ。それにしてもブリタニアを挑発して、それでどうする気なんだよゼロは」
「何、答えはすぐに出るだろうよ」

C.C.の予言通り、独立宣言の放送の発信地が中華連邦総領事館だったこと、極秘とはいえそこに黒の騎士団の残党が亡命と称して匿われていることが知れて、ブリタニア軍は総領事館にゼロが立てこもっていると思いこんだ。
しかし総領事館の中に居られたままでは外交問題になるため手は出せない。そこで既に捕えてあった黒の騎士団幹部二百数十名の公開処刑を総領事館の前でこれ見よがしに行うことでゼロを誘き出そうと画策した。

そしてゼロはその誘いに乗った。むしろ捕えられていた幹部たちを餌として引き出させるために、大げさな独立宣言をしてブリタニアを挑発したのである。
互いが互いの目的を判りながらも、最後に勝つのは己だと信じそのゲームに乗ってみせた。そして一枚上手だったのはやはりゼロであった。

お得意の足場崩しと奇襲戦法で相手の意表を突き、捕えられていた幹部もろとも中華連邦の総領事館側へと雪崩れ込んだ。
中華連邦の治外法権エリアに逃げ込まれてはそれ以上手出しができず、ブリタニア軍は止む無く引き下がっていった。
中華連邦総領事館の庭に集い、久々の自由とお互いの再会に喜び合う団員たち。そこに僅かなざわめきが起こった。

「ゼロだ!」

ゼロが総領事館の奥から出てきて、皆の前に姿を見せる。ほとんどの団員はリーダーの復活と登場に喜びの声が起きるが、元々ゼロに隔意のあった旧日本解放戦線組の態度は硬かった。

「待て、待て!」

千葉が浮き足だつ周囲を制して、ゼロに向けて厳しい非難の声を上げた

「助けてもらったことには感謝する。だがお前の裏切りがなければ私たちは捕まっていない」

ゼロの事情も判らぬうちから裏切りと決めつけているところからして、千葉のこの発言はいささか客観性を欠いていた。

「一言あってもいいんじゃない?」

しかし千葉の偏った言葉に、同じ旧日本解放戦線組の朝比奈までが同調したため彼らの厳しい態度は止まらない。

「…すまなかった」

ゼロの口から素直に詫びる言葉が出てきたことに、一同の間に驚きが広がる。

「ゼロ、何があったんだ?」

扇がゼロに対して率直に疑問を投げかける。

「私はブリタニア軍の罠に誘いだされ、枢木スザクに捕えられた。そして今まで皆と同じように囚われの身だった」
「それは…」

ゼロにも事情があったことがわかり、周囲の厳しい視線もやや和らいだが、最初から非難ありきの千葉や朝比奈は止まらない。

「そんなミスであの敗北を招いたというのか? この責任はどう取る気だ!」
「そうだよ!」

千葉達の厳しい糾弾にそれ以外の団員はそこまで言わずとも、と思いつつもゼロを庇うための言動も取れずに両者の間でおろおろしている。
当のゼロはというと、その無機質な仮面のせいもあって表情がまったく読み取れず何を考えているのかわからない。しばらくの間押し黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

「そうだな、私の責任だ。しかし私も神ならぬ身の所詮は人だ。どうしようもできないことはある。あの戦いで既に失った命はどうやっても取り戻せない。だからせめてもの埋め合わせに君たちを囚われの身から解放し、中華連邦と渡りをつけて亡命の道筋は作った。…よって、後は任せる」
「え?」

最後に付け足された一言に、団員達は虚を突かれた。それはゼロがリーダーの座を降りるということだろうか。それを見過ごすことはできないと藤堂が前に進み出た。

「待て、ゼロ。君はここまできて全てを投げ出す気か」
「これが私なりの責任の取り方だ。彼らの方ももう私を信用できないようだし」

そう言いながらゼロは千葉達の方を軽く一瞥する。ゼロのその動きに合わせて周囲からも注目された千葉達は、自分達の糾弾が思いもよらぬ方向に動いていることに居心地悪そうにしていた。

「今我々には君の力が必要だ。俺は君以上の才覚を他に知らない!」

藤堂が引き止めるのに合わせて、扇も飛び出した。

「俺もそう思う。みんな、ゼロを信じよう!」

周囲の調整役を自認してきた扇が、みんなをまとめようと必死に訴えかける。しかしそんな扇の姿を遠目に眺めながら、彼の長年の同志の一人であった南が苦渋の表情でぽつりと呟きを漏らした。

「でも、ゼロはお前を駒扱いして…」

扇は周囲の調整役と言えば聞こえはいいが正面からぶつかり合うことを回避させ、悪く言えば皆の不満や意見をなあなあにして問題を先送りにしてしまうだけの結果に終らせることも多かった。実際にこの場がその典型だったのかもしれない。
そしてゼロはそれを良しとしなかった。

「よせ、藤堂。扇。…私は言いなりになる駒が欲しいわけではない」
「それは…当然のことだ」
「私が欲しいのは共に戦う同志だ。王が倒れても己の力で戦い続けることのできる、帝国の先槍ギルバート・G・P・ギルフォードのような敵ながら天晴な男がな」
「……!」

これは藤堂に対する強烈な皮肉だった。あのブラックリベリオンの際、ゼロは中途で戦線離脱をしたがそれは敵将のコーネリアも同じだった。ゼロの奸計に嵌って負傷をし、戦意に影響するからと詳しい事情を伏せたままで指揮権をギルフォードに委ねた。状況的にはゼロからいきなり指揮権を委ねられた藤堂たちとほとんど同じといっていい。

だがギルフォードは善戦し、藤堂達は総崩れとなった。条件がほぼ互角な以上、これは純粋にギルフォードと藤堂の将器の差となる。
ゼロの戦線離脱行為をミスだと責めるというのであれば、コーネリアとてゼロにしてやられたのは致命的なミスだ。それでもギルフォードはコーネリアを信じ、コーネリアはギルフォードに全てを託した。ギルフォードはそれに応え勝利し、コーネリアが不在の現在もその信頼と忠誠を裏切ることなくあり続けている。

翻って今の黒の騎士団の有り様はそれからほど遠く、自分たちには将として才覚などなく一から十までゼロが面倒をみてしかるべきなのだという前提で話しているも同然だった。駒ではないとうそぶきながら、自分達はただの駒なのですと自ら認めているようなものだ。

「もういい、藤堂。私は常に結果で人を率いてきた。しかしブラックリベリオンではその結果が出せなかった。それによって彼らが私に付いていけないというのであれば、それは致し方のないことだと思う」

潜在的な不満を押し込めて、無理に従わせても意味のないことだとゼロは黒の騎士団を切って捨てた。

「君は…これからどうする気だ」
「私は何も変わらない。たとえ一人でもブリタニアの持つ腐敗や悪と戦い続けるだけだ。この仮面は後で置いていこう。ゼロは所詮記号に過ぎないのだから、必要ならば誰かが仮面を被り代役を務めることで日本人たちを率いていけるだろう」

それだけ言うと引きとめる声も振り払い、ゼロはまた総領事館の奥へと引っ込んでいった。
ゼロが自分たちの元を去り、率いてくれる者がいなくなった状況を悟って団員達の間にはざわめきと共に動揺が走る。
必要以上にゼロを責めたててこの事態を引き起こした千葉と朝比奈にも、無言で非難の視線が集まった。
その雰囲気を敏感に察した朝比奈は、かえって意地になって声を張り上げた。

「あんな男に頼らなくても、俺達には藤堂さんがいるじゃないか!」

朝比奈の空元気に千葉も同調した。

「そうだ! 『奇跡の藤堂』がいれば、日本に再び奇跡は起こる!」

千葉は先ほどの、ギルフォードを引き合いに出されたゼロのさりげない皮肉に対してもむきになっていた。
ゼロなどいなくとも藤堂鏡志朗は立派に戦っていけるはずだと、あんな男に言わせたままにしておかないと、藤堂が新リーダーになることを強硬に主張した。

強情な千葉と朝比奈以外は流されやすいものが多い団員たちはその雰囲気に飲まれ、藤堂を担ぎ出すことに消極的に同意させられた。
卜部も去っていくゼロを気にしながらも、やはり長い付き合いの藤堂の方がどうしても優先されてその場の雰囲気に抗しがたく、その空気に呑み込まれていった。

その場の流れが彼を押し立てていくものになっていく様を、藤堂は険しい顔で見つめていた。
それは日本解放戦線にいた頃と同じ空気だった。限界まで膨らまされた『奇跡』という幻想。しかしその幻想がなければ日本人たちが戦えないことを藤堂は十分に承知して、その幻想を背負う役目を己の十字架として引き受けた。

その役目がまた再び巡ってきただけなのに、それが以前よりも重苦しいもののように感じられるのはなぜだろう。
それは一度その重荷を降ろした軽さを知ってしまったからだ。藤堂の代わりにその重荷を背負っていてくれた男を、千葉と朝比奈が排斥した。
千葉と朝比奈の行動は純粋に自分を慕ってくれた上でのことだと判ってはいる。しかし彼らは善意と幻想から藤堂に重荷を押し付け、それを背負うべきだと強要してくる。

藤堂が彼らを見据えるその瞳の奥には、やり場のない苦悩とやるせない憎しみの心が熾火のように揺らめいていた。
それでも藤堂にはその不満を吐き出す自由さえ既になかった。今、優先されるべきは日本の解放であり、藤堂の個人的感情を爆発させてその希望を失わせるわけにはいかないのだ。

藤堂は日本解放という大義に縛り付けられ、希望の象徴として祭り上げられた奇跡という名の人柱だった。



戸惑いと高揚が錯綜する騎士団員たちの熱気を置き去りにして、ゼロは静かに総領事館の廊下を歩いていた。そこに後ろから声をかける者がいた。

「ゼロ…いえ、ルルーシュ」

表の集まりからいつの間に抜けだしたのか、カレンがそこに立っていた。

「このまま、騎士団を抜ける気なの?」

まるで裏切るのかとでも言いたげにカレンは厳しい口調でゼロを責めた。その冷たい視線を軽く受け流して、ゼロは振り返る。

「抜けたくて抜けるわけじゃない。さっきも見ての通り、私の信用は回復しようもなく失墜していた。今さら戻れないというだけだ」

信用を回復させる気もなく、そういう方向にわざと持っていったことは押し隠し、逆にカレンに質問する。

「それより君はどうする気だ?」
「私?」
「私に付いてくるのか? それともこのまま騎士団に残るか?」

選択を迫られたカレンは唇を噛みしめ、答えの代りに質問で返す。

「ルルーシュ、あなたはずっと私を騙していた」
「ゼロが本当は君のクラスメイトだったことか? それともギアスの力のことか?」
「両方よ…。答えて。あなたは私にもギアスを使ったの? 私の心を捻じ曲げて、従わせて…!」
「私が否定したら君はそれを信じてくれるのか?」

「はぐらかさないで!」
「はぐらかしているのは君の方だ。ギアスの力の行使。その有無の証明などどうやったらできるんだ? 結局は君が信じるか信じないか、それしかない。だったら私が今さらどうこう言う話ではないだろう」
「そんな言い方は卑怯よ…!」

「なら君はここに残るべきだ」
「え?」
「私が君を操るのなら君がついてくるように仕向けるだろう。だから逆に言えば、私に付いてこない君は絶対に操られていないと断言できるはずだ」

「それは…」
「私に付いてくる限り、君はずっとこの心は操られた結果ゆえのことなのかもしれないという疑問を抱えて生きることになる。そんなしがらみを抱えたまま私に従うのも辛かろう。無理をせずともいいんだ、カレン」

話す内容はカレンを気遣っていながらも、そこにはどこか突き放したような冷たさがあった。その壁を感じる距離をあえて縮めるための行動も取れず、ただカレンはその場に立ちつくすことしかできない。
選ぶこともできず、行動を起こすこともできず、あの神根島の時と同じようにカレンは肝心のところで足踏みをし、チャンスをつかみ取る機会をただ見送ってしまう。
選ばない、選べないという消極的な選択であっても選択は選択だった。彼女が運命の岐路で立ち止まっている間に、片方の道はその扉を閉ざしてしまった。

「さようなら、カレン」

そう言ってゼロは彼女に背を向け、再び廊下を歩き去っていく。その後ろ姿を追って緑髪の少女が彼の傍らに寄り添うのを、カレンはただ見つめることしかできなかった。
両の足は根でも生えたかのように動かず、C.C.のように迷うことなくついていける強さも絆もカレンは最後まで持つことができなかった。
騎士団もカレンも振り捨ててただ一人歩むルルーシュに、C.C.が不思議そうな顔をして覗き込んでくる。

「なあ、ルルーシュ。いいのか? せっかくここまで作ったお前の軍を、人材を、国を、手放すことになって?」
「構わない。俺にはギアスがある」

時を遡ったルルーシュのギアス能力は遡る前のままだった。すなわち両眼にギアスを宿し、オンオフの切り替えも再び可能となった『達成人』と呼ばれる最強の状態だ。
ブラックリベリオンで別れた時は左目だけの暴走状態だったのに、いつの間にとC.C.は不思議がっていたがルルーシュは曖昧にはぐらかした。

「それでルルーシュ、これからどうするつもりだ?」

黒の騎士団をわざと手放した以上、反逆を止めてしまうのかとも思ったがギアスを使い何事かを画策するつもりのようだ。
C.C.の問いを受けてルルーシュは簡潔に答えた。

「中華連邦へ行く」

中華連邦の奥地にひっそりと存在するギアスの源に。



中華連邦の奥地。広大な砂漠の一角にその地下都市はあった。

そこにはギアス嚮団と呼ばれる謎の組織があり、不死人のV.V.を嚮主と仰いでいた。前嚮主であったC.C.がコードを受け継ぐ前からその組織は存在しており、その設立のそもそもの発端は一体なんであったのか、それはもはや時の流れの中に失われ定かではない。
だが今はV.V.やシャルル達の計画に従いギアスの研究とCの世界の解析という明確な目標の下に、大量のギアスユーザーを生み出して実験を重ねデータを蓄積させることに邁進していた。

その日、V.V.は嚮主の間で椅子に腰掛け、嚮団員たちから実験の進捗状況などの報告を受けていた。

「ジェレミア卿の最終調整は終わったの?」
「はい。今は調整槽に入っておりますが、いつでも出せる状態です」
「うん。なかなか面白いギアスユーザーに仕上がったみたいだね」

そのまま次の報告を聞こうとしたところに、荒々しい物音と共に数名の嚮団員が銃を持って乱入してきた。彼らは憑かれたようになって銃を乱射し、V.V.の前に控えていた嚮団員たちを射殺する。その流れ弾はV.V.にも命中したが、不死人の彼はびくともしなかった。

「何? おそまつな反乱?」

不死人のV.V.に逆らおうとするものがこの嚮団にいるのは意外だったが、退屈な日常のいい刺激だと逆に彼は面白がって彼らと相対する。
しかしあらためて彼らを正面から見据えた時、V.V.は見過ごせない異変に気がついた。彼らの瞳が揃ってギアスに操られた紅い瞳であることに。

「まさか…っ!」

その事実が指し示すものに気がついた時は遅かった。操られた嚮団員たちがV.V.に躍りかかり彼をその場に押さえつける。
不死人とは言え所詮少年の身体のV.V.はあっけなく押さえ込まれた。そして床に叩き伏せられた不自由な姿勢のまま視線を上げ、嚮主の間に悠々と現れた二つの人影を見据える。

「ルルーシュ…」

アッシュフォード学園の制服に身を包み、こちらに向かって悠然と近づいてくるのは憎くて愛しいあの女に瓜二つの容貌を持つ自分の甥っ子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。そしてその後ろには、計画のために必要で長年探し求めていた不死人の少女、C.C.の姿があった。

「まさかこの嚮団が見つかっちゃうとはね…」

エリア11でゼロが復活したという知らせを受けて、ルルーシュの記憶回復を疑ったV.V.はその対抗手段としてジェレミア・ゴットバルトを準備していたが、それよりも早くルルーシュがここに辿り着くとは予想外だった。

「見つけたわけじゃない。知っていただけだ」

時間を遡ったルルーシュはこれから起こる事象を全て知っていた。(彼の感覚では)以前襲撃した嚮団の位置も当然最初から知っている。こちらに刺客が放たれる前に先に抑えておこうと動くのは当然のことだ。

「僕を殺そうとしても無駄だよ」

不死人たる己の優位を確信してV.V.はそううそぶいたが、ルルーシュはそんなことは先刻承知の上でここに来ている。

「知っている。貴様が不老不死であり、その力の根源はコードであり、コードを持つ者にはギアスは効かぬということも。…だからよこせ! お前のコードを!」

ルルーシュのその宣言に驚いたのは、V.V.であったかC.C.であったかそれとも両者であったか。
力強く放たれた言葉と共に、ルルーシュの両眼にギアスが浮かぶ。彼が達成人と呼ばれる状態に既にあることを悟ったV.V.は途端に暴れ出したが、操られている嚮団員たちにがっちりと抑え込まれて身動きが取れない。

「やめろ! この呪われた皇子め!」

自分のコードが奪われてしまえば、計画は破綻をきたす。ここまで来て自分達の夢を朽ちさせてなるものかと必死で抵抗するが、不死人であること以外ギアスのような特殊能力を失った彼にはもう為す術はない。
ルルーシュはゆっくりと近づいていくとV.V.を見下ろし、その身体にそっと手をかざした。

「やめろーーー!!」

断末魔の叫びを上げたが運命を止めることはできず、V.V.のコードはその身から引き剥がされてルルーシュへと移った。それと同時にルルーシュの両眼に浮かんでいたギアスの印は消え、彼は絶対遵守の力を失った。
そしてルルーシュはなおも行動を起こす。コードを奪われ呆然自失となるV.V.に対し、懐から銃を取り出すと無造作にそのこめかみに突き付け、何の感慨も起こさずにその引き金を引いた。コードを失ったV.V.はもはや蘇ることは出来ず、その生はあっけなく終わった。

その様をC.C.はただ黙って見つめていた。

V.V.やシャルルは自分の願いを叶えてくれると約束してくれた。でもマリアンヌの死去により彼らが理解できなくなって、側にいたくなくて袂を分かった。
そうしてV.V.たちに願いを叶えてもらうことを諦め、かつてシスターが自分にしたように、マオやルルーシュを使う方法に戻っていった。

それでもそれさえも決心がつかず、また同じ間違いを繰り返しそうになる自分に嫌気がさしていた。
それなのに今のこの光景はいったいなんだろう。不死を押し付ける道具にしようとしていたルルーシュが不死になっている。しかしそれは自分のコードによるものではない。

「ルルーシュ…お前は判っているのか…?」

お前の選択した道は、死ぬことのできない永劫の地獄なのだと。

「判っているさ、C.C.俺は言ったはずだ。お前が魔女ならば俺が魔王になればいいだけだと」
「……!」

「お前の願いを、契約内容を俺は知っている。俺がコードを引き継ぎ、お前の永劫の生を終わらせることだろう。でも悪いな、C.C.俺はお前の契約を果たす気はない。その代り、俺も不死人となろう。お前と共に不老不死という永劫の地獄に生き続けよう。…俺と永遠を生きよう、C.C.」
「ルルーシュ…!」

感極まったC.C.は涙を浮かべルルーシュの胸に飛び込んだ。そうしてようやく悟った。自分の本当の望みを。
死にたいわけじゃなかった。生きたかった。でも不老不死という呪いは重すぎた。自分を憎む者も優しくしてくれる者もみんな時の流れの中に消えていき、自分はいつもただ一人取り残されてしまう。

だから終わりにすることを望んだ。死を渇望した。皆が消えていく場所に自分も行きたかった。
でもそうじゃなかった。死にたいわけじゃない。消えたいわけじゃない。一人になりたくなかっただけだ。誰かに側にいて欲しかっただけだ。誰かに愛されたかっただけだ。

そして今ルルーシュが側にいてくれる。ずっとずっと側にいてくれるという。彼女自身が見失っていた本当の願いを彼は叶えてくれた。

「…初めてだよ、お前みたいな男は」

ルルーシュの胸に縋りつき、C.C.は静かに歓喜の涙をこぼした。
そうやって二人が固く身を寄せ合ってしばらくもしないうちに、嚮主の間の騒動を聞きつけた他の嚮団員たちが駆けつけてきた。

「こ、これは…!」
「嚮主V.V.が…!」

朽ちぬ身であるはずのV.V.が血を流し動かない有様を見て、嚮団員たちは事態を察した。そしてその場にC.C.がいることにも気付く。

「C.C.様!」
「お戻りになられたのですね!」

この嚮団の設立理念がどのようなものであったかは、もはや時の流れの向こうに失われてしまったが、それでもこの嚮団はギアスに関わりが深いがゆえにその源であるコードを持つ者を神聖視する傾向があった。お飾りだったとC.C.は卑下するが、彼らが彼女に向ける敬愛は本物である。
そしてC.C.の傍らに立つ男に対し、嚮団員たちの視線が一斉に集まった。そんな彼らに対し、ルルーシュは黙って己の右の手の平を示す。そこには紛れもなくコードが浮かび上がっていた。

「おおっ!」
「コードを!」
「ではあなた様が新たなる嚮主!」

嚮主V.V.を害したとしても、それがコード継承にまつわることならば世の習いとして嚮団員たちはそれを受け入れることができる。嚮団は常にそのようにして嚮主が代替わりしてきたのだ。ましてやC.C.を連れ戻してくれた人物ならなおさらだ。嚮団として逆らう理由は何もない。ゆえに彼らは次々とルルーシュにひれ伏していく。絶対遵守の力を失った代わりに、ルルーシュはギアス嚮団という新たな力を手に入れた。

「どうかご命令を。新嚮主様」
「では嚮主L.L.が命じる。ジェレミア・ゴッドバルトの下に案内しろ」
「はっ」

命ぜられるままに嚮団員の一人が、ジェレミアが入れられている調整槽へとルルーシュ達を誘う。そこには皇帝によってジェレミアの最終調整に関わらされていたバトレー達がいた。

「こ、この方は一体…」

突然見慣れぬ黒髪の少年が現れ、周りの嚮団員たちは彼に対して恭しい態度で接している。この人物はここでいかなる地位にあるのかとバトレー達は緊張したが、彼の傍らにかつて関わりのあった緑髪の魔女の姿を見て驚愕した。

「お、お前は…」
「ん? この男、クロヴィスと一緒にいた…?」

C.C.の言葉にルルーシュも記憶を刺激される。

「ああ、クロヴィスの部下だったバトレー将軍か。なぜこんなところに?」
「こ…皇帝陛下に命じられまして…」
「そうか。まあそんなことはいい。もうジェレミアは出せるのだろう? 調整槽を開けてくれ」
「か、かしこまりました…」

ここは逆らわない方がいいと判断したバトレーは素直に指示に従い、調整槽の溶液を抜いて中を開け、ジェレミアをそこから出すと簡単な衣服に着替えさせて備え付けのベッドに横たえた。
ルルーシュはジェレミアの枕元に立つと厳かに声をかけた。

「目覚めよジェレミア。私だ。皇妃マリアンヌが長子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」
「マ…マリ…アンヌ…様…」

彼の魂に深く刻みつけられた忘れ得ぬ女性の名前を出され、ジェレミアがその重い瞼を開く。
同時にバトレーはルルーシュの名乗りを聞いて彼が皇族であることを知り、帝国臣民の常として途端にその姿勢を正している。
その間にジェレミアは身を起こし、己の目の前に立つ少年をじっと見つめていた。

「マリアンヌ様の…皇子殿下…」
「そうだ、ルルーシュだ」
「ご無事であられたのですね…!」

ジェレミアは即座にベッドから起き上がり、その場に膝を突いて臣下の礼を取る。

「すまなかったな、ジェレミア」
「何を申されます。私こそアリエスの離宮を警護しきれずマリアンヌ様を失わせ、あなたとナナリー様が日本に送られるのを指をくわえて見ていることしかできませんでした。お二人が日本で命を落とされた聞いた時はどれほど絶望いたしましたことか。ああそれでもご無事でなによりでした。このジェレミアの非才非力をお許しください」

「いや。俺の方こそお前に言われなき汚名を着せてしまった。その事を詫びたい」
「は?」
「…俺が、ゼロだ」

目の前の皇子がかつて自分に耐えがたい屈辱を与えた不倶戴天の仇敵であると知らされて、ジェレミアは軽い混乱に陥る。

「なんと! し、しかし何ゆえ!?」

「俺がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだからだ。俺の父、ブリタニア皇帝は母さんを守れなかった。同志だからとその下手人をあえて見逃した。そのためにナナリーは目と足を奪われた。俺はそんな運命を変えるためにゼロの仮面をかぶり、反逆を続けてきた。だが知らぬこととは言え、お前ほどの忠義者にいらぬ汚名を着せてしまった。本当にすまなかったな」

「何を申されます! そうであったのなら、これは至らぬ私に運命が与えた罰だったのでしょう。あなた様がお気に病むことはありません。ああそれどころか、今まで私は知らぬこととはいえあなた様に刃を向けてしまっていたのですね。私の方こそ誠に申し訳ございませんでした。その償いにこのジェレミア、これよりはルルーシュ殿下に絶対の忠誠をお誓い致します。どうかいかようにもお使い下さい」

「そうか。俺に仕えてくれるというか」
「はっ」
「それがブリタニア皇帝に対する反逆の道でもか」

皇帝に対する叛意を打ち明けられてもジェレミアは揺るがなかった。

「我が忠誠を捧げていたのは、かつてはマリアンヌ様でありました。そして今これより私の主君はルルーシュ様にございます。これは私が定めた私の忠義です」
「そうか、ジェレミア。感謝する」
「勿体なきお言葉にございます」

長年心のしこりとして残っていた過去の過失。それを埋めることのできる忠誠を尽くす対象を見出せたことで、ジェレミアの顔が生き生きと輝いていった。

「しかしルルーシュ様。先ほど皇帝がマリアンヌ様殺しの下手人を見過ごしたと申されましたが、ルルーシュ様は犯人を御存じなのですか」
「ああ、知っている。犯人は皇帝の同志でここの嚮主だったV.V.だ。そして先ほど俺が殺した。既に母さんの仇は討った」
「左様でございましたか。満願を成就されましたことお喜び申し上げます」

そんな主従のやりとりを側で見守っていたバトレーは、皇帝やV.V.の名前が出たことで重要なことを思い出しルルーシュに訴えた。

「ルルーシュ殿下、皇帝陛下に反旗を翻されるとのことですが…」

ジェレミアほどに一個人に集中した忠誠心を傾けておらず、むしろ皇族全般に敬意を捧げているバトレーは皇帝に対しても畏れ多いという気持ちを抱いている。

「そうだ。不満か?」

バトレーが反対するというのなら事が済むまでこいつはどこかの獄に繋いでおくか、とルルーシュは内心で考えていたが、返ってきた答えはいささか違っていた。

「わ…私は帝国に忠誠を誓うものではありますが、ここに来て皇帝陛下がなさろうとしていることを推察することができました。その結論から申しまして、陛下がなさろうとしていることはいささか常軌を逸しております上に、世界に対する史上最悪の犯罪といってよろしいかと…」

バトレーは、皇帝の計画が世界に及ぼす影響のあまりの大きさに恐れおののいて、皇帝への忠誠よりも世界を取るつもりのようだ。皇帝弑逆を畏れ多いと思いつつも、それで皇帝とその計画が止められるのならばと消極的にルルーシュに賛同する気らしい。それならばそれで結構だとルルーシュは考えを切り替えた。

「安心しろバトレー。皇帝の計画にはコードを必要とする。世にあるコードのうち一つはさっき俺がV.V.から奪い取った。そしてもう一つはC.C.が持っている。どちらも皇帝に渡す気はない。やつの計画はこの時点で潰えた」
「そ…そうでございましたか…」

バトレーは目の前の皇子が自分の不安を払拭してくれたことに感謝し、今まで馴染みのなかった彼に対し忠誠心のようなものを芽生えさせ始めていた。

「行くぞ、ジェレミア」

バトレーに対する懸念が消えたことでルルーシュは安心して踵を返し、歩を進めた。

「はっ。どちらへ」
「黄昏の扉を使ってブリタニア皇宮に行く。コードはこちらにあるとはいえ、やつが生きていればこれを奪い計画を遂行しようと足掻くだろうから、その前に引導を渡してやる。やつの計画も夢も同志も既に朽ち果てたことを教え、やつに絶望を味あわせてやるさ」

コードを継承した今のルルーシュはギアスを使えないが、皇帝のギアスは恐れずに済む。ギアスキャンセラー持ちのジェレミアも同様だ。
ブリタニア皇宮側の黄昏の扉近辺はギアスに関わるもの以外は皇帝が立ち入らせないようにしているだろうし、そこに皇帝だけが居れば余計な邪魔も入らずにやつと対決することができる。

母の仇打ちとブリタニア皇帝に対する復讐と。ルルーシュが反逆に立ちあがった理由の根幹は、皇帝の真実を知った今になっても揺らぐことはなかった。
確かに皇帝はルルーシュやナナリーの事を愛していたのだろう。しかしその愛は全く無責任でいびつに歪んでいた。

嘘を憎み完全なる理解を求めるあまり、全人類の意識の統合という安易な方法に活路を求め、その結果いずれ何もせずとも分かり合えるのだからと理解し合う努力を放棄し、ルルーシュにも何も告げず何も教えなかった。理解を求めるあまり端から理解を拒むといういささか倒錯した状況になっていた。

そしていずれ人は分かり合いそれによって争いもなくなり、死者とも語りあえるようになるのだからと、生死の境界が曖昧となった。
いずれ取り戻せるものならば今失っても別に惜しくないばかりに、ルルーシュたちを死地へ追いやり、世界に無用な戦争を起こして悲しみを生み続けた。

これら全てが計画を当てにするあまりの無作為であり、全くもって無責任な行為であった。いずれ全ての埋め合わせがつくからといって無意味に人を死に追いやっていいわけがない、世に悲しみを生みだしていいわけがない、人の理解を拒んでいいわけがない。

それが計画に惑わされた上でのことならば、その計画もろとも潰してやるまでだ。皇帝のしてきたことは全く無駄で余計なことだと思い知らせてやる。
バトレーは皇帝の所業を世界に対する史上最悪の犯罪だと言い切った。全くその通りだ。皇帝は自分では正しいことをしようとしているのだろうが、そんなものは押し付けた善意であり悪意と何ら変わりない。その事を断罪と共に皇帝に思い知らせるべく、黄昏の扉へと向かうルルーシュの歩みに微塵の揺らぎもなかった。



ほどなく帝都ペンドラゴンは大騒ぎになった。ブリタニア皇宮の最奥で、皇帝シャルル・ジ・ブリタニアがその胸に剣を突きたてられ息絶えているのが発見されたのだ。
元々皇帝シャルルは政務の場はともかく、皇宮の奥向きでは一人でいることを好んでいた。不用心だったかもしれないが、それは皇宮全体の警備を厳しくすることで防げていたはずだったし、皇帝が一人になる空間には誰も立ち入れないようにしてあった。

それなのに賊は一体どこから侵入したものかと、警備の責任者はその失態に青くなり、貴族たちはお互いを疑い、一時期帝都は右往左往と浮足立った。
それでもそれがなんとか終息していったのは、次の皇帝の即位が本決まりになったことによる。次の皇帝の位に就くのは、皇位継承順位に従って穏当に第一皇子のオデュッセウス・ウ・ブリタニアに決まった。

次期皇帝候補として以前から有力視されていた第二皇子のシュナイゼル・エル・ブリタニアは、その動きになんら異議を唱えず帝位を窺う様子を見せなかった。
このことは彼の後押しをしていた野心ある後援貴族たちを落胆させたが、神輿である第二皇子自身が動かない以上どうしようもなく、突然のシャルル皇帝崩御によって相当の混乱が起こるかと思われていた神聖ブリタニア帝国は短い期間で落ち着きを取り戻しつつあった。

そんな中で複雑な思いを抱いて煩悶しているものがいた。枢木スザクである。
ゼロ復活とナナリー皇女のエリア11総督就任に伴い総督補佐としてかの地に赴いたが、肩透かしの連続だった。
ルルーシュの反応を試そうとナナリーに電話を繋いだが、ルルーシュはその電話を受け取りそこね屋上から落としてしまった。

皇女殿下宛ての通話ともなれば見知らぬ相手からのものはあらかじめ弾かれてしまうため、向こうに登録されている携帯番号からでないと繋がらない仕様になっている。
ルルーシュがスザクの携帯を壊してしまったことで、その日から数日間ナナリーと連絡が取れなくなってしまい、その間に彼女は何事もなくエリア11に着任してしまった。

彼女の着任挨拶の中継を見るルルーシュは冷静そのもので、何の不審な点も見受けられなかった。
しかもそのルルーシュも、スザクが学園に来てしばらくするとチェスの世界大会地区予選のための強化合宿に参加するといって学校を休んでしまった。

確かに彼の腕前ならば世界大会を目指してもおかしくはない。それを今までやってこなかったのは元皇子という身分から目立つことを避けねばならず、裏街道の賭けチェスくらいしかできなかっただけだ。元皇子であることを忘れた彼が表舞台に立とうとしても何もおかしなことではない。
しかし万が一世界大会に出て、彼の存在がナナリーや他の皇族に知られることになったら面倒なことになる。なんとか止められないかと機情とも相談したが、下手に行動に掣肘を加えては不信感を煽ることになる、合宿くらいなら今は大目に見て本格的なことになりそうであれば、課題を大量に出すなり学生の本分から外れた活動をしたと謹慎処分を課すなりして対応するので今は静観してくれと言われた。

一応監視として合宿にはロロが付いていっており定期的な連絡も届いている。ルルーシュに不審な点は無いという。
そして一方のゼロと黒の騎士団はと言うと、過日の処刑騒動以降は目立った動きがない。総督として新たに着任してきたナナリーに対してなんらの働きかけもなく、ナナリーの方から呼びかけた特区日本にも何の反応もなかった。それどころか黒の騎士団は既に中華連邦総領事館から出て、中華連邦本国の方に亡命してしまったという情報もある。

結局ナナリーが提唱した特区日本は黒の騎士団からも他の日本人たちからもそっぽを向かれたままで、ただの一人の参加者も現れず尻すぼみとなってしまった。
自分の好意を信じて貰えなくてナナリーは落胆したが、めげることなく今はゲットーなどの住環境を整備していくことで日本人たちの信頼を勝ち取ろうとしている。スザクもそんな彼女の補佐に精励し、ルルーシュやゼロのことばかり気にしている暇がなかった。

そうこうしているうちにブリタニア本国でのこの変事である。テロか貴族の陰謀か宮廷クーデターかと一時は騒然となったが、それもやがては収まり新皇帝即位の運びとなった。しかしそんな折に彼に衝撃の事実がもたらされる。

「ナイトオブラウンズを…解任…?」
「ああ。慣例だし仕方ないよな」

スザクにその知らせを持ってきたのはジノだった。その彼自身もやはりナイトオブスリーの座を喪失したという。

「なんで…」

「なんでって…新皇帝陛下が立つんだから当然だろう? 私たちはシャルル皇帝陛下の騎士なんだから。あ…もしかしてお前分かってない? そういえばユーフェミア皇女殿下の騎士だったのに皇帝陛下の騎士になったもんなあ。あのなあスザク、本来ならそれもダメなんだぞ。皇女殿下の騎士だったのに皇帝陛下の騎士に鞍替えなんて。皇帝陛下の鶴の一声で決まったから誰も面と向かってお前に言わなかっただろうけど、本来ならかなりまずいことなんだぞ。それでも皇帝陛下のお決めになったことだし、この場合は仕方ない。しかしさすがに二度はダメだぞ、スザク。もう騎士の道は諦めろ」

「騎士そのものもダメなのか?」

「当たり前だよ。一昔前なら皇帝陛下の死に従って殉死しなきゃいけないところなんだから。実際、ナイトオブワンのヴァルトシュタイン卿は古式に則って殉死された。まあその調子で帝国の貴重な人材に次々と死なれたら困ると、新皇帝陛下が直々に殉死禁止を言い渡しているから私たちまで付き合わなくともよいが、それでもさすがに騎士は廃業しないと格好はつかない。お前も文官に鞍替えすることになるな。まあ今はナナリー総督の補佐をやっているんだろう? それをそのまま文官待遇にして留任ってことになるんじゃないかな?」

「そんな…じゃあナイトオブワンは…」

自分がナイトオブワンになり日本を平和な形で取り戻そうとしていたことが全て無駄になってしまったことを悟り、スザクは呆然となった。
スザクのそんな思惑を知らないジノは、新しいナイトオブワンの事を聞かれたと勘違いする。

「ん? そりゃあオデュッセウス新皇帝陛下の専任騎士だった方がなるんだろうさ。いずれ新皇帝陛下の下でまた新たなナイトオブラウンズが編成されるだろうけど、私たちはその選抜の対象としては最初から除外される。あーあ。意外に短かったな、ナイトオブラウンズ生活…」

短かったどころではない。スザクに至ってはたった一年ほどの間だった。

「私にナイトオブラウンズの話が来た時は、博打だとは思ったんだよな。確かにシャルル皇帝陛下はご高齢だったけど、まだ60代だし頑健であられたからあと20年くらいはいけるかと思ったんだけどな。こうなると次代を睨んで最初から他の皇子殿下方につくことを選んだ騎士たちの方が賢かったってわけか。私は騎士も廃業だし、親に頼んで分家を起こしてもらって男爵でも名乗るか…」

騎士を辞めることで軍務や武勲からは遠ざかるので、さぞや放蕩者の貴族が出来上がることだろう。
爵位も頼れる家もあるジノはそれでいいが、後ろ盾も地位もないスザクの将来は完全に閉ざされた。並はずれた戦闘能力が取り柄の彼にしてみれば、騎士廃業は武勲を立てる機会を失わせ、出世の足がかりを失うことにも繋がる。

今のスザクに残された道は、皇族という地位を持つナナリーになんとかぶら下がって現在の地位を維持することだけだ。それすらも皇位継承権八十七位という低位のナナリーでは、新皇帝の御代に代わってどれほどの影響力を残せるか甚だ怪しい。元々ナナリーに対する厚遇はルルーシュに対する備えとシャルル前皇帝の気まぐれでしかないため、新皇帝がその気になればエリア11総督の地位とてどうなるかわからないのだ。

一歩一歩前に進んでいると信じていたのに、自分の積み重ねてきたものはこんなにもあっけないものだったのかと、スザクは全身から力が抜けたようになった。
そんなスザクの落胆を知ってか知らずか、ジノはそのまましゃべり続けている。

「それより私はアーニャのことが心配だな」
「アーニャがどうかしたのか?」

彼女も騎士廃業ということになるが、あの淡泊そうなアーニャがそれほどショックを受けているとは思えなかった。

「なんか無くしたものを取り戻せたとか言ってやけに浮かれていてさ…嚮団とかいう怪しい宗教組織にかぶれているみたいでちょっと危ないんだよ。ナイトオブラウンズ解任の辞令はまだなんだけれど、もう既に騎士を廃業していて今は本国に戻っているそうだ」
「嚮団…?」

スザクは聞きなれない言葉に戸惑いながらも自分の身の行く末の方が心配で、結局は上の空で聞き流してしまった。
やがて新皇帝の即位式を控え、それに列席するためにナナリーがブリタニア本国に一時帰国することになりジノとスザクもそれに付き従った。この即位式が終わればスザク達は正式に騎士廃業となる。

同じラウンズのドロテアやノネットやモニカも同様で、文官になるか士官学校の教官でもするか場合によっては結婚退職かと思案しているようだ。
一方ルキアーノはというと、騎士としてナイトメアが操縦できなくて例え一兵卒になったとしても軍務につくと言い張っているそうだ。得意のナイフをちらつかせながら、命令されれば暗殺業だってやりますよと、とにかく人殺し稼業にどんなことがあっても生涯身を置くつもりらしい。ある意味一貫性があってたくましい限りであった。

本国に着くとすぐにオデュッセウス新皇帝陛下から召集がかかった。即位式を前に皇族や主な臣下たちに発表しておきたいことがあるという。
玉座の間に皇族諸氏と文武百官が集い、スザクは皇族であるナナリーの席からは離れ末席にぽつりと立ちつくしていた。

既に用済みが決定的になっている半端騎士を省みるものは誰も居ない。それでなくともナンバーズということでスザクは宮廷人たちから遠巻きにされており、シャルル皇帝という唯一にして最強の後ろ盾を無くした彼などもはや誰の眼中にもなかった。むしろ短い栄華だったことよ、身の程知らずのナンバーズがいい気味だと、その不様さに笑いを噛み殺して見下したような目を向ける貴族たちもいた。

その氷のように冷たく薄情な空気の中に身を置き屈辱に耐えていると、やがて先触れの声がして新皇帝が玉座に姿を現した。
オデュッセウスは常に温厚でおっとりしておりその大人しい性格から苛烈なブリタニア皇族の中では埋没しがちだったが、こうやって皇帝として一段と高い座に君臨しているとそれだけでなにやら威厳のようなものが醸し出されてくるから地位というものは不思議なものである。
オデュッセウスはそのまま玉座に腰を据えると穏やかな視線で一堂を見渡し、そしてゆっくりと口を開いた。

「ああみんな楽にしていいよ。さて今度私が皇帝に即位することになったのだけれども、それに合わせて即位式の形式を少し変えようと思うんだ」

先帝と違い穏やかでくだけた雰囲気を醸し出す新皇帝陛下に、臣下一同少々戸惑いながらもまあ新しい御代はこの調子でやっていくのだろうと、これはこれでありかと皆受け入れていく。

実際、先帝の政治姿勢はやたら競争ばかりを煽って常に緊張感を強いられるものであり、皆そろそろ疲弊しかけていたところにこの新皇帝陛下の登極を迎えた。春の木漏れ日のようなぬるま湯的な状態であったが、それは一服の清涼剤のように臣下の心を癒していく。
その場の空気がなごんでいく中、オデュッセウスはいつものように穏やかな口調で自分の存念を一同に告げた。

「私はこの度『ギアス嚮団』に帰依した。これを国教として全国民にまで押し付ける気はないが、私以降のブリタニア皇帝および皇族はこれに帰依することを義務化する。国教ではなくブリタニア家代々の信仰としたいから家教と言ったところかな。ギアス嚮団の最高指導者は『嚮皇』の称号を名乗り皇帝とほぼ同格とするが、政治には直接参画しない。主に皇帝の即位式や皇族の冠婚葬祭などの式典を司り、嚮皇の関わらない式典は無効と見なすことにする。これに合わせて今度の即位式も以前のような皇帝冠を己で捧げ持つ形式ではなく、嚮皇が私に冠を被せる形式に切り換えようと思う」

温厚な口調で告げられて何でもないことのように聞き逃しがちになるが、内容はかなり重大である。
『嚮皇』という地位が新たに作られ、政治には直接関わらないとはいえその立場は皇帝と同等であるという。すなわち他の臣下や皇族とは違って皇帝の掣肘を受けないということだ。それどころか即位式に関わることで、嚮皇の認めない皇帝は即位出来ないことにも繋がり皇位継承に関する無言の任免権を嚮皇が握ることになった。

神聖ブリタニア帝国は専制主義国家であり全てを皇帝が握っているが、その全てを動かす皇帝を抑えることで嚮皇が間接的にブリタニアに影響力を及ぼすことができる。
皇帝という地位を脅かしかねない別系統の権力を、わざわざ自分で作り出した新皇帝の宣言に一同は驚きを隠せず僅かにその場がざわめいた。
しかしオデュッセウスはそんな臣下たちの動揺に構うことなく、その至尊の地位にあるべき人物をこの場に招いた。

「彼がギアス嚮団の嚮主であり神聖ブリタニア帝国の初代嚮皇だ」

オデュッセウスの宣言と共に奥からゆっくりとした足取りで現れたのは、白を基調として所々には大きな紅玉がまるで瞳のようにあしらわれている裾の長いローブをまとった一人の人物。その後ろからはそのローブによく似た、しかし装飾を簡素にした同じような白い衣装をまとったもう一人の人物が続く。

嚮皇という称号からつい年配の人物を思い浮かべがちだったが、その足取りは軽やかで体躯もしなやかであり若い男性というのがすぐに判った。
しかし肝心のその顔は白い仮面に覆われてその容貌がまったく判らない。彼の後に続いて現れた人物も同じだ。このような正体不詳の人物がこれから皇帝と並び立つことになると聞かされて、その場の一同は唖然とするしかなかった。
その雰囲気を察したのか、嚮皇と紹介された人物はゆっくりと仮面に手を掛けてそれを外してみせる。
仮面の下から現れたのは深い紫水晶の瞳と整った鼻梁、さらりとなびく漆黒の黒髪を持った麗しい少年だった。

「神聖ブリタニア帝国初代嚮皇となるのは我が異母弟、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである」

死んだとされた先帝の第十一皇子の劇的な登場に、皆声もなく驚きの色を露わにする。ナナリーもオデュッセウスの口から兄の名が出されたことに驚愕し、その見えぬ目でなんとか周囲の状況を知ろうと全神経を研ぎ澄ました。

「ル…ルルーシュ…?」

群臣居並ぶ遥か後方でそれを見ていたスザクはそれ以上に驚いていた。一体なぜこんなことになったのかと呆然と成り行きを見守っていると、ルルーシュの後ろに控えるもう一人の白衣の人物も仮面を取った。すかさずオデュッセウスが彼の名を紹介する。

「ルルーシュ嚮皇の隣にいるのは同じくギアス嚮団のロロ・ランペルージ枢機卿だ」

それだけでスザクは、ロロがルルーシュに取り込まれこちらを欺いていたことを悟った。スザクが呆けている間にもオデュッセウスの厳かな宣言は続いていく。

「嚮皇の務めは聖職であり俗世とは極力無縁のものであるからして、常日頃はこのような仮面をかぶっているし、式典祭典以外はあまり表にでることもない。諸兄もさほど接する機会もないだろうと思って今日このような場を設けさせてもらった。以後は嚮団の教えを尊重し、私に対するのと同じ忠誠を彼らにも捧げてもらいたい」

それは皇帝の言葉であり決定事項であった。ルルーシュは皇帝と同じ至尊の座に登ったのである。

「嚮皇は終身制であり命ある限り嚮皇のままだ。そしてその代替わりは嚮団内の話し合いにより、複数いる枢機卿の中より選抜される。まあルルーシュは私より年下だから、私の在世中はずっとルルーシュ嚮皇のままだろうね」

オデュッセウスはそのように聞かされていたのでそう述べたが、実はこれは嘘である。代替わりも何もルルーシュは既に不老不死であり死ぬことはない。ほぼ半永久的に彼は嚮皇であり続けるだろう。しかしそれでは他者の不審を買うため、聖職者という建前で極力表には出ず、出てきても容貌がわからないように仮面で隠し、代替わりが行われたかどうかもわからぬように後任者の選抜を完全に嚮団内で完結する建前にした。

嚮皇は皇帝と同じ権威を持ち、その任免権に隠然たる影響力を持ち、その上でなんぴともこちらに口出しはさせない。帝国を背後で牛耳る影の権力がここに誕生したのだ。
今だ馴染みのないその存在に戸惑いながらも、臣下たるもの新皇帝の決定に従わざるを得ない。一同は厳かに礼をして、その権威にひれ伏した。

驚愕に目を見開き、信じられない気持を抱えている枢木スザクも周囲につられるようにぎこちなく礼をした。
これは何かの間違いだとそれを糺したかったが、既に今のスザクの存在はこの宮廷では物の数にも入っていない。何を主張しようとも戯言として聞き流されてしまうだろう。今だとてルルーシュを遥か後方に拝まねばならないほどに物理的な距離が開いている。階級的な距離はさらに開いているだろう。

かつての親友が、許し難い仇敵が、自分の手が出せない遠くにいってしまったことを敗北感と共に認めざるを得なかった。



皇族諸氏と文武百官への顔見せと通達を終えたルルーシュとオデュッセウスは、皇帝の執務室へと引き上げた。そこでルルーシュはオデュッセウスに今後の方針をいろいろと指南し始める。

「オデュッセウス兄上。これが大まかな世界情勢の予測です、後でざっと目を通しておいてください。あとそれから今後は大きなテロ活動はないでしょうが、それでも個別の対応はしていかねばなりません。それに関する軍の新編成案がこちら。それからシュナイゼル兄上が以前から交渉していた中華連邦の天子との婚姻の件はそのまま進めるべきでしょう。中華連邦の体制をこちらと同じ帝政に変えて、天子を皇帝と同格の女帝として扱い二重帝国とすれば向こうにもメリットはあります。平和的な併吞によって勢力拡大ができますからこちらにも悪い話ではありません。ただし一緒に付いてくる大宦官が問題ですが、これは貴族待遇で一旦こちらに取り込んでしまえばどうとでも料理できます」

さらりと謀殺の可能性を匂わせるルルーシュにオデュッセウスが苦笑した。

「怖いね、ルルーシュ」

「どのみちあの程度の輩など俺が手を下すまでもありませんよ。海千山千のこちらの貴族どもとの生き残り競争に敗れて没落するのが関の山です。大宦官どもはこの前まで弱肉強食が国是だった我が国を甘く見すぎでしょう。それから中華連邦の件はシュナイゼル兄上の布石通りで良くても、他の件はだめです。特にトロモ機関の天空要塞ダモクレスとチーム・インヴォーグが開発しているフレイヤはすぐに中止させて下さい。シュナイゼル兄上がごねたり、こちらの裏をかいてこっそり続けるようなら俺が裏で嚮団員を使ってでも止めさせます。インヴォーグチーフのニーナ・アインシュタインはこちらに引き込みましょう。その上でフレイヤではなくフレイヤ・エリミネーターの開発に注力させます。基礎理論は俺が覚えて…じゃなくて、とにかくファイルにまとめてありますので、データ入力と投擲がもっと簡易に誰にでもできるシステムを作り上げてもらいましょう。我が国でフレイヤ開発を止めても、領域制限爆縮理論自体は既に学会に発表されていますから同一のものが他の国で開発されないとは限らない。その前にフレイヤ自体を無効にする兵器を作ってしまえば開発競争を止められます」

「うんうん。無益な争いはしないに越したことはないね」

死んだとされた末弟が嚮団という怪しげな団体付きでいきなり帰ってきてあれこれと指図しているというのに、この長兄はにこにこ笑って同意するだけだ。この人は本当に判っているだろうかと思う時もあるが、やっぱり判っているんだろうなと思わざるを得ない。
子供の頃はあまり付き合いがなく単に凡庸な男だと思っていたが、身近に接してみるとなんというか次兄とは違った意味で底が知れない。

密かにシャルル皇帝を弑逆し帝国に戻ってきた当初はこの平凡な長兄を利用してやろうと目論んでいたのだが、なんだか最近では自分の方こそ長兄に良いように使われているような気がしている。
確かにシャルル皇帝崩御後、皇位継承争いで混乱しそうだった宮廷の暗闘をルルーシュの智略と嚮団の力で未然に防ぎ、オデュッセウスの第一皇子としてのアドバンテージを最大限に生かして次期皇帝に押し上げたのは自分なのだが…。それで一番得をしたのは誰かというとこの長兄なわけで。

それはまあ、自分はあまり表に立てないから代わりに表に立ってくれる人が必要だった。だからオデュッセウスを皇帝に擁立することはお互い持ちつ持たれつではある。操り人形になってくれそうな毒にも薬にもならない人物なのがなおよかった。
しかしあらためてこの長兄を見ると毒にも薬にもならないというよりかは、こっちのしたいようにさせてくれるという感じに近い。正直のびのびやれるので悪い気はしない。
そのうちなんだかこの長兄のためにも、頑張りたくなってしまう気になってきたから不思議なものだ。

というか。オデュッセウスの下には結構他にも有能な人材が揃っているのだ。それはまあ大貴族の母を持つし、腐っても第一皇子だったのだからその人脈ゆえに人が集まっているだけだろうと思っていたが、実際にこの長兄に接してみるとそれだけでもなかったのではと思えてきた。みんなこの長兄の不思議な人徳に魅かれて集まってきてしまっているのではないだろうか。

身近に接してみないと判らないものだな、とルルーシュはオデュッセウスに対して今まで抱いていた評価を変えた。
だから彼と中華連邦との天子との婚姻もそのまま進めてみることにした。確かに年齢は離れているし天子も最初は戸惑うだろうが、オデュッセウスの人柄を知れば結構うまくいくのではないかと楽観的に考えられるようになった。なによりこれは両国に取って益のあることだ。

(ルルーシュの感覚では)以前この婚姻と関わった時は黒の騎士団陣営の立場で物を見ていたため結婚式をぶち壊しにしたが、今回は神聖ブリタニア帝国サイドに身を置いている。立場が変われば見方も行動もおのずと変わってくる。今の自分の立場ではこの婚姻をなんとしてでも成立させたいと思っているが、そうはさせじとするだろう勢力があることを予想ではなくルルーシュは事実として知っていた。

「兄上。天子との婚約が整ったら皇妃教育と称して、即座に彼女をブリタニア本国に連れて来させた方がいいです。結婚式も本国で行いましょう。俺も嚮皇として皇室の冠婚葬祭には関わらねばならないので中華より本国の方がいいです。それと中華連邦に亡命してきている黒の騎士団の動向には要注意ですが、追い詰め過ぎないことも寛容です。彼らがインド軍区を頼るように仕向けましょう」

「それだとインド軍区が中華連邦から離反しないかい?」

「もともとあの地域は中華本土と反りが悪いですからね。中華がブリタニアと婚姻による同盟を結んだと聞いたら真っ先に離反しかねない地域です。だったら黒の騎士団が下手に暴発しないように引き受け先になってもらって、ついでに旗幟を鮮明にしてもらった方が手間が省けます。それでなくとも中華連邦の領土は広大です。婚姻によって平和的に併呑できるといってもそっくりそのまま手に入るとは思わない方がいい。中華本土とモンゴル辺りが手に入ればよしとしましょう。あとそれから黎星刻と言う男には要注意です。中華連邦軍内で改革に燃える若い将校たちのまとめ役になっています。天子に対する忠誠心も篤く、結婚反対の急先鋒になるでしょうし場合によっては実力行使にでかねない。ただ不幸なことにこの男は死病に侵されています。それを理由に早期に拘束同然にしてブリタニアの病院に放り込みましょう。率いてくれるリーダーと引き離されれば、中華連邦内の急進的改革派は動きが取れなくなります。星刻はブリタニアの最新医療ならもしかしたら本当に治ってしまうかもしれませんが、まあそれは入院中にじっくり説得して親ブリタニア派に考えを変えさせればいい。命が助かったことと、実際に結婚した天子が結構幸せそうにやっているのを見ればブリタニアに対する隔意も消えるでしょう」

先が見えるというか先を知っているルルーシュは、それに対する対策を次々と打ち出していく。
この他にも、ブリタニアの差別的な社会を徐々に内部から変えていくつもりだ。
ナンバーズ制度の廃止。貴族や皇族という地位は残しつつもその特権を徐々に削り、最終的には実権の無い名誉職的な所にまで押し込めること。下層民に対する福祉を行き届かせ中流階級を増やすこと。身分による序列を極力無くし、下層民や中流層が社会参画できるような道を作ること。

やることは膨大で以前のブリタニアからは百八十度転換した政策となるが、新帝即位というのはいいきっかけだ。トップが代わったので以前とも違ってきたのだろうと周りはすんなり受け入れてくれる。
そしてそのトップが見るからに穏健そうなこの長兄というのはなおいい。先帝の時代には他の強烈な個性の皇族たちの影に埋没して、先帝時代の侵略政策や差別主義政策にほとんど関与しておらず手垢がついていない。

つい先日EUの半分をもぎ取っていった次兄がトップだとこうはいかない。少なくとも半分残っているEUとはぎくしゃくしたままだろうし、向こうはずっと警戒し続けるだろう。
…しかし第一皇子で有能な人材も揃っていたのに、国の政策にほとんど関与してこなかったってあり得ないだろう。政権交代した際に国の政策を大幅転換しやすいようにあえて関わってこなかったのか? やっぱりわかってやっていただろうこの長兄!

…利用されているのは長兄じゃなくて俺の方かもな。でもまあいいか。向こうの構想とこっちの構想が一致しているのだから。お互い持ちつ持たれつで。

「君がいろいろ助言してくれるので助かるよ、ルルーシュ」

そう言って底の知れない長兄は相変わらずにこにこしている。いかん。和みそうだ。馴れ合いそうだ。…でもそれでもいいかもな。
複雑な心境でぐらぐらしていると、執務室のドアがノックされた。

「嚮皇猊下。賢騎士のアーニャ・アールストレイムです。お話が」
「入れ」

アーニャはブリタニアの騎士としての資格をなくしたが、嚮団という新たな組織は従来の慣例が通用しない。
ジェレミアを使って彼女の無くした記憶を取り戻させたのだが、それを奇跡の御業か何かと勘違いしたのか熱烈な信仰心を抱かれてしまった。

それは誤解だと、嚮団の研究の成果によってジェレミアに与えられた能力だと説明したのだが、それは彼女をジェレミアに懐かせ、さらに嚮団に対する信頼感と忠誠心をより一層煽ることにしかならなかった。
仕方がないので諦めて、この際だから嚮団の一員として賢騎士という新たな身分を創設し嚮団を守る騎士の一人とした。

ルルーシュはもちろん彼女の心に潜んでいたのが母マリアンヌの心だと知っていた。ジェレミアにもそう教えた上でそれでも彼女の心を消させた。ジェレミアも悩みながらも、母のいびつな生は終わらせるべきだとルルーシュに説得されて最終的にはそれに従った。

母マリアンヌは皇歴2009年にV.V.により殺害された。それが全てだ。心が他人の心に焼き付けられたとしても、それは単なるデータのバックアップのようなものだ。個人の記憶と感情の集積体に過ぎない。そんなものが命のはずがない。母は九年前に死んだ。アーニャの中にいたものは断じて母ではない。

他人の心という、自らも知らぬものから解放されたアーニャは晴れ晴れとしていた。表情は以前と変わらず無表情のことが多いが、それでもどこかに柔らかみを感じさせる。

「何かあったのか?」

ルルーシュは執務室に入ってきたアーニャに問うた。

「ナナリー様が猊下に会いたがっておられます」

アーニャの答えに反応したのは当のルルーシュではなく、横にいたオデュッセウスの方だった。

「まだナナリーに会っていなかったのかい? だめだよ、ルルーシュ。ナナリーも心配していたんだから。こっちはいいから早く会って安心させてあげなさい」

人のいいオデュッセウスはおっとりとルルーシュを窘める。ルルーシュもそのうちに会いにいくつもりだったが、もうちょっと落ち着いてからと思っていたのだ。

「まあいいか。アーニャ、ジェレミアを呼んでくれ。ナナリーの目を治さないと」

そのままルルーシュはアーニャと共に執務室を後にした。



ジェレミアとアーニャそしてなぜかついてきたロロを伴って、ナナリーの待つ部屋へとルルーシュは足を踏み入れる。

「お兄様!」

見えぬ目でこちらの気配を探りながらナナリーが必死に兄の方に顔を向け、笑顔を輝かせた。差しのべられたルルーシュの手をしっかりと握り、嬉し涙が頬を伝う。
その様子を、ルルーシュたちの後ろでロロがやや面白くなさそうな冷たい瞳で見つめていたが、それ以上特に何かする様子はない。

「心配をかけたな、ナナリー」
「いいんです、お兄様。これから一緒に…」

また以前のように一緒に平穏に暮らせると疑ってもいないナナリーが声を弾ませるが、ルルーシュは苦笑してそして肩越しにジェレミアに声をかけた。

「ジェレミア、ギアスキャンセラーを」
「はっ」

ルルーシュに促されて、ジェレミアがその仮面の下の瞳の力を発動させた。逆ギアスの文様が羽ばたいて、ナナリーの身がその力に包まれる。
しばしの驚愕ののち、ナナリーの瞼がゆっくりと開かれ、その下から薄青の瞳が現れた。

「目が…見える…」
「ああ…よかったなナナリー」

せめて目だけでも見えるようにしてやりたいという願いだけでも叶えることができて、ルルーシュの懸念の一つは晴れた。
ルルーシュ自身も感涙にむせびナナリーの側に近寄ると、腰を落として彼女の目線に合わせ触れ合わんばかりに顔を近づける。

「お兄様、お兄様の顔を九年ぶりに見ることができました…」

先ほどからの嬉し涙を尽きることなく溢れさせて、ナナリーはようやく見ることがかなった兄の顔にそっと手を添えた。

「そうだお兄様。私、今はエリア11の総督を務めているんです」

がんばっている自分のことを誇りたくて、ナナリーは近況を口にした。

「ですからお兄様も一緒にエリア11に…」

来て欲しい、とナナリーは断られることなど微塵も思わずルルーシュに希望したが、それは意外な言葉で遮られる。

「ごめんよナナリー。俺は嚮皇になったから表向き政治には関われない。皇帝陛下以外の皇族とはなるべく公平に一定の距離を置くことが求められるんだ。お前が総督だというのなら、俺はお前と一緒にはいられない」
「そんな! でしたら私、総督なんて…!」

安易に辞任を口にするナナリーに、ルルーシュは困ったような笑顔を浮かべて諌める。

「だめだよ、ナナリー。お前が希望してお前が総督になることを決めたんだろう? 途中で投げ出すなんてことをしてはいけない。俺は離れていても、いつでもお前を見守っている。だから元気でな、ナナリー…愛しているよ」

名残おしげにナナリーの頬を撫でその額に優しくキスを落とすと、ルルーシュはゆっくりと立ち上がりそのまま身を翻して部屋から出て行こうとする。

「待って下さい! お兄様!」

車椅子を動かして後を追おうとするが、既にルルーシュは部屋から立ち去ろうとしている。その後をジェレミアやアーニャたちが付き従うことで、それが壁となって追うことができない。
そのまま彼らもルルーシュとともに部屋を後にし、ナナリーの前で扉がゆっくりと閉ざされようとしている。

その扉が完全に閉まり切る前、最後尾にいたロロがこちらに向かって勝ち誇ったような笑みを向けるのを、皮肉なことに光を取り戻した彼女の目はしっかりと捉えていた。
そして彼と彼女の軌跡を断ち切るように、バタンと重々しい音がして扉は堅く閉ざされて、ナナリーは一人部屋に取り残された。



ルルーシュを先頭にジェレミアやアーニャ、そしてロロがブリタニア皇宮の廊下をゆっくりと進んでいく。その道すがら、先を行くルルーシュに気付かれないようにロロがくすくすと笑っていた。

「ロロ様、何かいい事でもありました?」

アーニャがいつもの無表情でロロに問いかける。ちなみに枢機卿の地位を与えられているロロは、賢騎士のアーニャよりは上位者であった。

「うん、とても嬉しいんだ」

積極的に望んでのことではないとはいえ、ルルーシュはナナリーを切り捨てた。
不老不死となったルルーシュはあまり人と関わることができなくなった。長い間つきあっていけば、全く歳を取らないことがおのずとばれてしまうからだ。だからナナリーとも距離を置かざるを得ない。

でもロロは違う。ギアスを持ち、ルルーシュの仮面を知り、ギアス嚮団に最も係わりが深い。最初から何もかも知られているのだから隠すものは何もない。だからルルーシュはロロを側に置いてくれる。
可哀想なナナリー。何も知らされず何も知ろうとしない愚かなお姫様。そうやって蚊帳の外に置かれ、最後には置いていかれることになる。

でもロロは違う。ルルーシュはずっとロロの側にいてくれると言った。不死になり同じ時を生きることができなくなってすまないと謝っていたけれど、そんなことは構わない。だって兄が死なないということは、ロロが命を終える最後の瞬間まで兄は一緒にいてくれるということなのだから。それだけでロロは充分だった。



緩やかに時は流れる。神聖ブリタニア帝国は内部から徐々にその有り様を変えていき、良い方向へと向かっていた。
かつてのように力づくで事を進めることは少なくなり、政略や智略によってじわじわとその勢力を世界に伸ばしていく。
穏健的な政策は人々に受け入れられ、よほどの頑固者でない限りブリタニアの支配を容認していった。
世の中から争いや戦争は極端に減り、ゆっくりと穏やかに平和な時代が訪れようとしている。

そんな世の移り変わりなど知らないとばかりにC.C.は、ブリタニア皇宮の奥のさらに向こうにある黄昏の間でゆったりと時を過ごしていた。
宙に浮かぶ神殿のような場所で見るともなしに黄昏の空を眺めていると、やがてブリタニア皇宮側の方からコツンコツンとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。振り向くとそこにはいつもの白いローブを身に纏ったロロが立っている。

「咲世子はこちらに引き込めたのか?」
「うん。黒の騎士団もジリ貧だからね。兄さんの話をしたら少し悩んだみたいだけど、最終的には日本人のためにもなると割り切ってくれたよ」
「そういう物わかりのよい人間ばかりだと楽なのにな」

そう言ってC.C.がその脳裏に思い浮かべたのは燃えるような赤い髪の少女。さて今頃どうしているのやら。
奇跡の男に率いられた黒の騎士団はあれ以降パッとしない。常にブリタニアに先手先手を取られ、これといった戦果をあげられずにいる。
亡命先とした中華連邦も婚姻政策によってブリタニアに懐柔され、次に頼ったインド軍区ではブリタニアと戦う前に独立に反対する中華連邦と戦わねばならず、いったい自分達は何のために戦っているのかと自問する日々らしい。

そして当の日本ことエリア11はというと、本国自らが推進する穏健政策により以前より格段と暮らしやすい国になっている。他のエリアも同様だ。
目先の生活の安定にすっかり安住してしまった日本人たちは過激な独立志向を忘れ、遠い国へ去っていった黒の騎士団のことも忘れた。当の黒の騎士団の中からも本来の活動の本分から知らず知らず離れていく騎士団に失望し、咲世子のように離反するものが次々と出ているという。あれでは近い将来先細りするように消滅してしまうことになるだろう。

彼らを徹底的に殲滅してきっぱり引導を渡してやるようなことはせず、常にどこか一か所に逃げ道を作って逃げられるようにしているのはルルーシュの甘さだろうが、それはそれでどこかで区切りをつけることも出来ず、日本独立という儚い幻想にしがみ続けることになるので結構残酷なことになっていないだろうか。

「ま、私には関係ない」

誰に言うとなくひとりごちたところに、黄昏の間にまた一人誰か現れた。

「ここに居たのか、C.C.」

やってきたのはルルーシュだった。今まで嚮団の方に顔を出していたらしい、いつもの紅玉をあしらった白いローブを身にまとい、手にはクッキーの包みを持っている。

「またあの子たちにお菓子を焼いてあげたの?」

ロロがすこし頬を膨らませながら不満を口にした。ルルーシュは嚮団の子供たちに対して面倒見がよすぎるのだ。僕だけの兄さんなのに。

「だからほら、お前の分」

ロロの頑是ない悋気にも気がつかず、ルルーシュはにっこり笑ってクッキーの包みを渡した。ぷうと拗ねながらもロロはその包みを受け取る。ルルーシュの作るものは何でもおいしいのだ。貰わないなんてもったいないことはできない。

「私にも一つよこせ」

ロロと同じくルルーシュハンドメイド品のおいしさを知っているC.C.は、ロロの分をつまみ食いしようと手を出すが、ロロは渡すまじと咄嗟に避ける。二人のじゃれあいをルルーシュは穏やかに笑って見つめていた。
そうやってしばしの間のんびりとした時を過ごしているが、ルルーシュはこれでも結構忙しい。オデュッセウス皇帝に助言を行い、嚮団では嚮主として振舞う日々が続いている。黄昏の扉と言う瞬間移動装置がなければオーバーワークで倒れているところだ。

嚮団を掌握したルルーシュは、慣例に従い嚮団の本部を中華連邦から移した。今はEU内の某所に地下都市を作ってある。
入れ違いでコーネリアがギアスの謎を追って中華連邦の旧嚮団跡地を訪れたようだが、そこは既にもぬけの殻だった。
そしてすぐにブリタニア本国で御代が変わったことを知り、オデュッセウスがギアスの名を口にしたことで、コーネリアは血相を変えてすっ飛んできた。

ユーフェミアの乱心に関わりがあると思われるギアスに手を染めるとは何事と、彼女は色をなして長兄に詰め寄ったが相手にされなかった。
それどころか長い間国を空けていたことを責められて、今は離宮で謹慎させられギアスの謎を追うことをできなくさせられた。
…たぶん、オデュッセウスは全部分かった上でやっているのだろう。怖い人だ。

ユーフェミアのことは今でもルルーシュの心の傷だ。でもオデュッセウスの立場では真実がどうであっても、その追求をしても何の得にもならない。真実を明らかにしたがるのは姉としてのコーネリアが妹を思うあまりの個人的な行動でしかない。帝国には何の益ももたらさない行為だ。
ユーフェミアに罪が無くともルルーシュが何をやったにせよ、今さらそれが明らかになってもブリタニアが混乱するだけで、それは帝国と敵対する国々を喜ばせるだけだ。だからオデュッセウスは皇帝としての判断で臭いものには蓋をした。

庇われることに忸怩たるものがあるが、それでも不死のこの身ではもう死んで償うこともできない。
心の奥底に罪悪感をたゆたわせてはいるが、それでも一度目の生では失ってしまったこの弟が、今はこうやって側に居てくれることの嬉しさが何よりも勝る。
そしてギアス嚮団を早期に手に入れたことでシャーリーを見舞うだろう不幸は未然に防げた。もう会うこともないだろうけれど、彼女はあの学園という箱庭の世界で幸せに過ごせるだろう。それを思うだけでルルーシュの心は慰められた。

そうやって起こり得るであろう不幸を極力回避して、今は嚮団の行く末をゆっくりと軟着陸させることに腐心している。
以前のこの嚮団では前嚮主のV.V.がCの世界にまつわる研究のために、孤児を使って無理に大量にギアスユーザーを生みださせていた。ロロもそんな一人である。
まずルルーシュは嚮主として、そんな彼らに極力ギアスを使わないように徹底させた。暴走状態に至らないようにするためである。
政争に関する裏工作のために嚮団員を使わざるを得ない時もあるが、それでもなるべくギアスは使わせないように努めた。

もちろんルルーシュはコード保持者として新たにギアスユーザーを生みだしたり、契約を行うこともしなかった。
これ以上ギアスユーザーを増やすことはしない。それがルルーシュの方針だった。ギアスを持つこと以外は全く普通の人間である彼らは、特に何もせずともそのまま天寿を全うしてこの世から消えていくだろう。そうすればごく自然に嚮団は消滅していく。ルルーシュはただそれを見守っていけばいい。

V.V.が行わせていた研究や人体実験も即座に止めさせた。彼らの研究はギアスとCの世界にまつわることがほとんどで、ギアスの暴走状態をカバーするためのコンタクトのような実用的なものが開発されることもあるが、それ以外特に必要ないと思われた研究成果はどんどん廃棄させた。特にラグナレクに関することは徹底的にデータを抹消した。

嚮団の研究員たちは研究を止めさせられることに不満を覚えるかとも思ったが、嚮団に絶対の忠誠心を抱くように教育されている彼らは、新嚮主の言うことに逆らうことさえ考えられないらしく素直に従っていた。
このように嚮団員は元々は寄る辺のない孤児ばかりであり、幼い頃から嚮団内で育った人間がほとんどなので、嚮主を絶対とし自分で判断する習慣が無く今さら普通の社会には戻れない。

だからルルーシュも敢えて彼らを実社会に解き放つことはしなかった。このままひっそりと隠れ里のような嚮団の街で、同じような考えを持つ人間たちと暮らしそしてその生を穏やかに終わらせていけばよいと思った。
そして自分はそれをC.C.と共に見守っていこう。それには長い時間がかかるだろうが、既に不老不死となったこの身には永劫に続く時間のほんの序章でしかない…。

それでも側にC.C.が居てくれるから。そしてロロの命が尽きるまでは側に居てやることができるから。
二度目の生で、ルルーシュは幸福だった。





(あとがき)ある日突然なんの脈絡もなく「ルルーシュのみR2の一話に逆行」という条件が思い浮かび、あれこれいろいろ考えてみました。

最初はちょっと難産でした。結末を全部知った上のルルーシュならば卜部の戦死を食い止めようと努力するでしょうが、それにしても一体どうしたらいいのか。相手は体感時間を止めることにより近接戦では最強のロロです。その場でロロを説得しようとしてもゼロの記憶が戻ったと解釈されて瞬殺でしょうし、さあどうしよう卜部見殺しにするしかないのか…? と考えて「最初からバベルタワーに行かなきゃいいじゃん!」と閃きました。ただし卜部の命は助けたけど後は決別ルートです。卜部の立場としてもゼロと藤堂さんを天秤にかけたら長い付き合いの藤堂さんだろうし。

とにかくその難題をクリアできた後はさくさくと話を思いつき、最終的には嚮皇ルルーシュと相成りました。ロロが枢機卿でアーニャが騎士で、なんとなくナイトメアオブナナリーっぽくなってしまいました。自分でもびっくりです。


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